苦いコーヒー

PeterBerlin26




もともと、「苦味」は動物にとって毒の味であり、その味を嫌う習性が身に付いているそうだ。

人間は本能の壊れた動物だといわれるが、そうした論拠の一つに「苦味」を好む事があげられることが、しばしばあるようだ。

毒とはそれを飲み食いすれば、苦しみや命の危険、さらには死に結びつくものである。生命維持の上でもっとも重要な「食」の判断基準となるものが「味」であり、動物の持つ「味覚」だからだそうだ。

たとえばアミノ酸の一種「グルタミン酸」は脳の神経伝達に重要なもので、化学調味料の主成分でもあるのだが、その「グルタミン酸」などを含む味を表す言葉「旨味」は日本の学者が昆布の味覚成分の中に、このグルタミン酸の化合物を発見した後になって一般化したものだそうだ(このあたりの詳しいことは『味の素』のHPに詳しくあるかもしれない)。

それに反して、「苦味」の歴史は古いものだ。その味は人間にとってさえ苦しみを連想させるものであることは、この「苦」という漢字が表している通りであろう。他の味覚を表す漢字では「辛味」が準じているようだが、「辛抱」が比較的前向きな意味合いであるのに対しても「苦労」はけして美味しい印象はない字面に間違いないだろう。

ならばなぜ人間は「苦味」を美味の一つとして受け入れたのだろうか? ひとつの考え方として、人間には出産時の記憶が残っているからだという。これは母親のみではなく産まれてくる嬰児もまた共同体験として持っているはずだとするものだ。

よく「臨死体験」という話に暗くて長いトンネルとその先に明るい光の世界があるといわれるが、これこそが嬰児時代の出産誕生体験の記憶によるものだとする考え方があるらしい。

「臨死」とは死の瀬戸際の苦しみの中であることから、胎児以来初めて最も苦しかった原初体験である記憶が蘇るのではないかというものだ。

つまり、苦しみを経た先に明るい外の世界が待っている事を記憶している人間は、そうした体験を追体験することに喜びを見い出すというものらしい。

作曲家ベートーヴェンが心酔した「苦悩を経て歓喜に至る」という思想もまた同様な発想によるものと思われ、そのベートーヴェンが無類のコーヒー好きだったことはそうしたことから考えると、なにやら無縁ではないように感じられる(彼はコーヒー1杯に豆50個を厳守していたそうである)。

たしかにその前のモーツァルトの音楽からは「苦い」音はなかなか聞こえない。さしずめクリームをたっぷり注いだ当時流行の「スイス風コーヒー」のように苦味はまろ味を引き締めるアクセントくらいのものだろうか? 

ベートーヴェンの音楽の音は確かに「苦い」。深煎りコーヒーに粒砂糖を入れ、混ぜずにちびちびと飲んでいくうち、最後にやってくるこのうえない甘さは、彼の音楽の華々しいフィナーレそのものかもしれない。

なにはともあれ、「人間が苦味を好む謎」を解くのは学者諸氏にまかせるとして、私達は美味しいコーヒーを味わいながら、お気に入りの名曲を楽しませてもらうことにしよう。


http://www.geocities.jp/go5ka2/table2-1.html Link

― posted by 大岩稔幸 at 12:40 am

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