ミカエルの菱形

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腰とは読んで字のごとく肉の要である。肉とはつまり肉体であり、性力のことである。古来、わが国には、腰についての成句に「腰が強い」「腰が抜ける」「腰を入れる」「腰を据える」など、いろいろあるが、これらのもともとの意味が性的なことからおこっていることは、川柳をはじめ、江戸期の軟文学を読めばはっきりする。諺にある「腰張り強くて……」の腰張りは代表的で、明瞭に色好みのことをいっている。

なにもわが国ばかりではない。西欧にも旧約「創世記」以来、「腰より産む」といういいかたがあって、男性の性的な力のことをいっている。男性の細く締まった腰が繰り返し力強く弾み、最後の弾みとともに女身の中に送りこまれた力が肉のかたちをとってあたらしい生命を産む……受胎ということの神秘を男性のがわから、いささかの卑猥さも交じえず、これほど的確に表現した例もないだろう。

ところで、男性の腰と大天使ミカエルの関係について、ご存じだろうか。裸の男性を後ろむきに立たせ、両脚を踏んばり、力を入れさせると、お尻の双ケ丘にひとつずつ、左右対称にくっきりと笑窪(えくぼ)がほげる。これに、脊椎と肋骨の最後の交点、および、お尻の割れ目のいちばん上のおしまいの点をつなげると、正確な菱形ができる。これをミカエルの菱形といい、この菱形のできる体形を、魅力ある男性の体形と古来、いいならわしている。

なるほど、痩せすぎた体ではお尻の笑窪は無理だろうし、反対に太りすぎでは脂肪の中に脊椎と肋骨をさぐることもおぼつかなかろう。でも、なぜミカエルの菱形なのか? 

ミカエルはガブリエル、ラファエルと並んで、三大天使といわれる。初代教会時代にはこのほかにも数限りない大天使がいたらしいが、8世紀の有名なラテラノ公教会会議で、ウリエルをはじめ諸大天使は大天使の地位を追われて、ミカエル、ガブリエル、ラファエルだけが大天使と認められた。

なかんずく、ミカエルは天なる神ヤハウェの軍勢の総司令官として、大天使の第一位、天使首座ということになったのである。
    
万軍の司であるからミカエルは戦士の姿をしている。ヨーロッパの都市で、戦死者記念碑の頂に翼を生やした若い戦士像を見かけたら、それはミカエルのことだと思えばよい。けれども、ミカエルはなぜ若い戦士なのか。天使首座という響きからも、総司令官というイメージからも、私たちはすくなくも壮年の、髭をたくわえた姿を連想しがちである。

しかし、じつさいのミカエルは巨人ゴリアテを倒した少年ダヴィドをさながら、若やかなうえにも若やかに表現されるのである。これはカトリックの天使位階制のもととなったアントニオ・アレオバギタを考えれば当然かもしれない。なんとなれば、アレオバギタでは大天使ほ天使九品制の下品の一位でしかないからである。それも、さらにもとをたどれば、ペルシアか小アジアあたりの青年の姿をした精霊かなんぞであろう。

・・・
レースの飾りに埋まって
聖ミカエルは
塔の寝所におわしまし
カンテラの灯にかこまれた
見事な腿(もも)を人目にさらす

飼い慣らされた大天使
12時を告げる身振りで身を構え
羽根と夜鶯(ルイセニョール)との
優しげな怒りを真似ている

三千の夜を持つ若者、
聖ミカエルは、ガラスの中で歌っている、
コロン水の匂いを放ち
花から遠くへだたって。

 小海永二訳
フェデリーコ・ガルシーア・ロルカ
『聖ミカエル』

こんな美男子の聖ミカエルなら、男性の性の力の象徴である「ミカエルの菱形」の語源になった経緯もわかるような気がする。いな、聖ミカエルじしん、その裸の腰に輝くばかりのミカエルの菱形を持っていて、その腰からつぎつぎに健やかな子供が生まれそうな気さえする。もちろん、ミカエルは天使だから純霊で、無性的存在であるけれども。


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― posted by 大岩稔幸 at 12:25 am commentComment [1]

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