「ビンラディン殺害」成功に湧くアメリカ」
それにしても驚きました。こんな形で「911」のストーリーが展開してゆくとは 私は全く考えていませんでした。またオバマという大統領が「ここまでやる」という ことも私には驚きでした。
5月1日の日曜日の晩、夜遅くに各メディアから「ビンラディン死亡」の情報が流れ始め、やがて夜の10時半から大統領が記者会見を行うという発表がありました。 すぐに、ネットにはホワイトハウスのサイトからのストリーミング映像の準備がされ、 TV各局も特別番組に切り替わってホワイトハウスからの映像を待つ形となりました。 ですが、大統領は一向に出てきません。CNNなどは、急遽「出勤」してきたジョン ・キングとウォルフ・ブリッツアーが「歴史的なスピーチとなるので最後まで一字一 句を訂正しているらしい」などと話し合って「場をつないで」いるうちに、緊張感は 否が応でも高まっていきました。
一方で、ホワイトハウスの周囲にはニュースを聞きつけた人々が続々と集まり、異 様な雰囲気になっていたのです。そんな中、オバマは散々待たせた挙句、11時30 分になってようやく会見を行いました。「米国は作戦を実行し、オサマ・ビンラディ ンを殺害した」という語句にはじまる簡潔で毅然とした内容を、無表情で一気に発表 したオバマには一分の隙もない、つまり躊躇も反省も、あるいは付帯条件も何もない、 とにかく自分が命令して実施したというストレートなメッセージでした。
この日曜の晩、全米ではお祭り騒ぎが繰り広げられました。勿論、騒いだ人数大し たことはありません。各都市でそれぞれ数百人、マンハッタンの「グラウンドゼロ」 でも千人程度だったようです。ただ、こうした騒動はTVで全米に中継され、それなりに共感をもって受け止められていることを考えると、やはり歴史的なのかもしれません。
では、何故、アメリカ人は大喜びしているのでしょうか?
(1)911の「仇討ち」が出来たということ。カウボーイ文化といえばそれまでで すが、21世紀においてもまだ復讐の完成に達成感を感じるカルチャーがあるのは事 実です。とにかく、アメリカ人は「戦勝」が大好きであり、そこで星条旗を振り回す のが好きな人が大勢いるということです。
(2)911の大多数にとっては「先へ進む一歩」になるということ。勿論、復讐を 望まない人々、911の遠因にアメリカの利己的な外交があることなどを感じる人も いますが、そうでない人にはやはり感慨は深いようです。
(3)オバマ支持派によるオバマ再評価。2008年の選挙では熱狂的に支持したが、 その後で景気回復に苦しむオバマを醒めた目で見ていた支持層が「やっぱりオバマは やるじゃないか」という熱狂をしているということはあると思います。
(4)保守派によるオバマ評価。プラカードの中には「ブッシュとオバマに感謝」と いうようなものもあり、保守派や軍関係者に取っては「この10年の反テロ戦争が勝 利に終わった」という達成感を持ちながら、この「成果」については与野党が「挙国 一致で喜べる」ということに浮かれているようです。
(5)騒いでいる中に若い女性が多い。一つにはオバマのファンということがあると 思います。もう一つは、アメリカの大学生や20代の人々のカルチャーにおいては、 特にニュースへの反応や、SNSを通じた情報流通におけるジェンダーの差はほとんどないという点を指摘しておきたいと思います。
詳細は改めてお話しするとして、では、この「ビンラディン殺害」はオバマを中心 としたアメリカ内外の政局にどういった変化を与えるのでしょうか?
思いつくまま に整理しておこうと思います。
(1)オバマの支持率は上昇するでしょう。一過性という見方もありますが、株は上 がり、支持率は上がり、2012年の「再選」は相当固まったという見方もできます。 このブームは一旦は沈静化するでしょうが、9月には「911の十周年」が待っており、この時もオバマは主役を演ずることができるでしょうし、政治的な効果は大きい と思われます。
(2)オバマに取っては好都合なことがたくさんありますが、その第一は「勝利感と 共に軍縮を推進できる」という点です。巨額の財政赤字圧縮が急務とされる中、既に 「軍事費も聖域化せず」というリストラに突っ走っている最中ですが、その動きは益々加速するでしょう。
(3)これで7月に予定されていたスケジュール通りのアフガン撤退、反テロ戦争の 「勝利による終結」が可能になりました。コストの問題もあり、アメリカは一気に手 を引く動きとなるでしょう。問題はタリバンとアメリカの「手打ち」がどんな形になるか?
その場合にカルザイ政権の位置づけなどアフガンに安定的な体制が出来るかです?
(4)これは私の全くの推測ですが、ヒラリー・クリントン国務長官はアフガン問題と中国を結びつけて考えているのではと思います。中国が「アフガンの秩序形成に対して善良な努力をする」姿勢を見せれば、鉱産物権益などを「エサ」に中国に何らかの負担をしてもらう、逆に中国が「中央アジアへの露骨な野心」を見せるようなら 「アフガン=ウイグル」での中国の動きを「国際社会の悪玉」というイメージに「少しずらして」中国を「ややダークサイドに追いやり」ながらアフガンに引きつけて国 力を蕩尽させるという作戦、その両方を手中に隠しながら、「中国カード」という切り札の有効性を計算しているのではと思われます。
(5)一方で、ティーパーティーなどの「草の根保守」ですが、当面は「オバマはよくやった」という世論に同調するでしょうが、やがて「こうなったら軍縮を含む徹底 的な小さな政府論だ」ということで改めて攻勢に出てくるように思われます。ティー パーティーの軸も、ペイリンのような「情念的国粋主義者」から、ポウル父子のよう な「軍縮を含む政府の極小化」に移動しつつあり、改めてオバマの中道路線とは厳しく対立するでしょう。
(6)その共和党の「予備選レース」ですが、これで「反テロ戦争」の「戦時気分」 がゼロになれば、落ち着いた実務家が浮上するという可能性も十分にあります。その意味で、ロムニーやポウレンティーなどには有利、逆にハッカビーやバックマンなど には不利に働くのではと思います。仮に実務的な実力派が出てくるようですと、前述 のティーパーティーにも不利になるでしょう。
(7)日本への影響ですが、米軍の思惑とは別に、真剣にアフガンの将来を心配して 活動しているNGOや外交官の方々にとっては、ビンラディンのシンパが暴発することさえなければ、とりあえずは良いニュースでしょうが、中期的には米軍がプレゼンスを激減させる可能性もあり、活動は難しくなるのではということも考えられます。 一方で、中国の膨張圧力が東シナ海、南シナ海から中央アジアに向かうかどうかは、 注意が必要だと思います。日本の国益としては中国は「善玉」として西へ向かってもらうケースが最大ではないでしょうか。
(8)オバマに取っては、これでリビアでのカダフィ「追い詰め作戦」が進めやすくなるように思います。共和党から散々言われていた「反政府軍にはアルカイダが入っており、善玉でないので支援できない」という主張が、その肝心のアルカイダのボス が消えたことで弱くなるからです。この効果は大きく、イエメンやシリアの情勢でオバマは「より安心してデモクラシーの側に立てる」ことになるわけです。それが良いことなのか、長期的には分かりませんが、短期的はオバマに有利だと思います。
まだ第一報の段階であり、また「報復行動」の可能性もゼロではないのですが、とりあえずこの事件を見る上での観点を提示してみました。
続報はまたお伝えすること にします。
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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ) 作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大 学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった か』『「関係の空気」「場の空気」』『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』など がある。最新刊『アメリカは本当に「貧困大国」なのか?』(阪急コミュニケーショ ンズ)( http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4484102145/jmm05-22 )
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