新型インフルエンザ対策について

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 新型インフルエンザの感染が広がっている。各国で報告されているように病原性は低いようだが、国内ではパニックに近い状況になりつつある。落ち着いて現状を評価し、次の手を打つべきだ。

 政府の対策は、高病原性鳥インフルエンザの人への蔓延という最悪のシナリオを前提にして作られた。東南アジアで鳥インフルエンザがまん延していることを考えれば、そのこと自体は間違っていなかったと思う。

 ただ可能であれば、感染の広がりだけでなく、病原性のレベルに応じた複数の対策を作っておけばよかった。

 歴史を振り返ると、インフルエンザの世界的流行(パンデミック)には、非常に被害が大きかった「スペイン風邪」もあれば、それよりも被害の少ない「アジア風邪」や「香港風邪」もあった。

 一方、致死率が60%を超える現在の鳥インフルエンザのような病原性の極めて高いインフルエンザがパンデミックを起こしたことは、少なくとも20世紀にはなかった。

 そうした事実を踏まえ、感染の広がりに加え、重症度がこの程度ならこういう対応を取るという、複数段階のレベル別の対応指針を作っておくべきだった。

 きめ細かな道筋が決まっていたならば、最悪のシナリオと現実とのギャップに苦しむこともなく、混乱を招くことはなかったと思う。欧米で混乱が起きていないのはそういう柔軟な対応ができているからではないか。

 一部の医療機関で診療拒否が起こったのは、最悪のシナリオだけが示されていたために、見えないものに対する恐怖が先行してしまった側面があるように思う。

 今後は対策を修正して、現実に見合った対応をしていかなければならない。それには、このウイルスの特性、病気の状態をきちんと解析しなければならない。

 入院した人がどのような経過で改善したのか。あるいは重症の人はなぜそうなったのか。臨床の専門家が現実の患者のデータを解析して、このインフルエンザのリスクを評価する必要がある。

 それに基づいて現実の対応を考えなければならない。もちろん個人がマスクや手洗いなどで感染を防御するという基本はどのシナリオでも同じだ。だが行動制限など社会の危機管理は変わる。

 リスクを評価し、病原性が低いと分かったら、それに応じて医療態勢を決めなければならない。その際、感染が広がっているのに、熱の出た人は全員、発熱外来に行くことにすると、パンクしてしまう。

 病原性が低いなら、軽症の人は一般の開業医に診てもらうことも可能になる。その態勢を保ちつつ、重症化する人をターゲットにした対応に持って行かねばならない。

 そのためにはすべての医療機関の参加が必要だ。大病院の一部は重症の人を引き受ける。インフルエンザ以外の重症患者を診る病院もなければならない。開業医は自分の患者を守りながら、発熱外来を支援する。そんな態勢が求められる。

 仙台市では百を超える医療機関が参加し、全国に先駆けて、発熱外来をみんなで分担していく動きが出ている。冷静な判断であり、それが医療従事者の務めだと思う。

 秋には病原性の高いインフルエンザに変わるかもしれない。おびえるのではなく、どの程度のリスクかを確実に把握し、社会で共有しないといけない。さもないと、再び訳も分からないまま右往左往することになる。










東北大教授 賀来満夫
 かく・みつお 53年大分県生まれ。専門は感染症学・感染制御学。99年から現職。厚生労働省院内感染対策中央会議メンバー、世界保健機関(WH0)新型肺炎(SARS)インフルエンザ対応外部専門家を兼務。

レベル別の指針必要
  リスク把握し混乱防げ

2009年5月20日
高知新聞 夕刊

― posted by 大岩稔幸 at 11:53 pm

子どもと貧困

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 派遣切り。ホームレス。無保険。

 急速に悪化する経済状況の中で、日本の社会保障制度が十分なセーフティーネット(安全網)としての機能を持っていないことが次から次へと明らかになっている。

 しかし、どんなに厳しい状況にあっても、「派遣村」の映像にも、貧困撲滅のデモにも、現れない層がある。それが、子どもである。

 子どもの貧困は、2008年秋以降に起こった現象ではない。OECDの推計によると、日本の子どもの貧困率は、1980年代から上昇しており、2004年時点で14%に達している。OECD 25ヶ国の統計では、日本全体の14.3%が貧困となっている。(平均は12.1%)

 この数値は2008年秋からの経済環境の変化の中で悪化していることは間違いない。

 経済大国となった現代日本において、貧困に育つということはどういうことになるのであろうか。ここでいう「貧困」とは、「相対的貧困」という概念である。

 この概念は食べ物にも事欠いているとか、衣服もボロボロである、といった「目に見える貧困」だけではなく、その社会における一般的な習慣や行動を行うことができるかを貧困の判断基準とする。

 子どもの生活においては、高等教育への進学といった、教育の機会の損失だけではなく、修学旅行に行けないとか、クラブ活動ができないなど、ほとんどの子どもが享受している生活ができない状況である。

 このような相対的貧困の状況にある子どもと、そうでない子どもを比べると、学力テストの点数や進学率をはじめ、健康状態、児童虐待、非行などのさまざまな指標において、貧困の子どもは不利である。

 学校の現場からは、3割の自己負担が払えなくて、通常であれば医療機関に行くような病気や怪我でも、学校の医務室通いで対処しようとする子、夏休み中は給食がないので新学期に以前より痩せてくる子、高校の学費が払えなくて退学する子など、現代日本とは思えない事例が次々と報告されている。

 日本は先進諸国で唯一、社会保障や税による「所得再分配」が行われた後で、子どもの貧困率が悪化している。これは子どもの貧困解消に公的支援が届いていないからである。

 政府をはじめとする公的資金の投入が求められている。学費の低減や失業者の救済、安価な住宅の供給、貧しいケースの多いひとり親家庭へのサポートなど多彩なメニューが考えられなければならない。社会保障と税が機能していないからである。これが現代日本か!

 日本の子どもの7人に1人が貧困に苦しみ「将来への可能性」が摘み取られつつあるという。いじめや不登校、親の解雇、家庭の不和などが原因で「社会のメーンストリーム」からはじき出された人が増えているからである。

 現在は雇用保険や生活保護などのセーフティーネットに大きな穴が開いているので、いったん「貧困のサイクル」に転落すると、そこから抜け出すことが非常に困難になっている。このサイクルの中で成長した大人が子どもを持つと、その子どもも同じ道をたどる可能性がきわめて高くなる。(貧困の連鎖)

 十分な教育機会の得られなかった層の正社員比率は低く、拡大している。日本には公的な貧困基準が存在していない。OECDでは、標準的な「手取り世帯所得」の50%未満で生活している18歳未満の子どもを「貧困」と定義するべきであるとしている。

 子どもの貧困は、すべての福祉国家の最大の政策課題である。しかしながら、長い間、日本の社会は子どもの貧困を自らの問題として考えてこなかった。

今こそ、これに気付くべき時である。


― posted by 大岩稔幸 at 12:09 am

ロコモティブシンドローム

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最近、テレビや新聞で「ロコモティブシンドローム」という言葉を頻繁に目にするようになりました。

高齢化社会が急速に進展し、要介護状態の方々が増加している現状をふまえ、運動器の障害のために要介護となる危険性の高い状態をロコモティブシンドロームと呼んで、その自己点検法や予防法を開発しようと、一昨年、東京大学整形外科教授の中村耕三先生により提言されたものです。

ロコモティブシンドロームの主な構成要因としては、骨粗鬆症、下肢の変形性関節症や関節炎、脊椎の変形や変性などによる神経障害があげられています。

わかりやすい医療が求められている今、運動器障害のハイリスク状態をあらわす新たな概念として、ロコモティブシンドローム、略して「ロコモ」が「メタボ」のように、社会に浸透していくことを期待したいと思います。

― posted by 大岩稔幸 at 11:54 pm

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