内部被曝

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福島原発放射能物質漏れ―内部被曝を重視して対応を!

テレビでは、内部被ばくの問題があまりにないがしろにされています(というかまったく触れられていない)。

●最大の住民プロテクトは放射能の埃を体内に入れないこと。
●マスクをすること。屋外での食糧配布はやめて屋内での配布とすること。
●雨には当たらないこと
●子どもの屋外での遊びは極力避けること、等々。

1.身体についた埃は洗えば除去できるが、身体内部に入って内部被曝を起す埃除去できない。
基本的には環境が汚染された時には、いかに内部被曝を避けるか、外部被曝・付着被曝を最小にするか、が問われる。

内部被曝とは、外気を吸い込むことで何年後かに癌になるのが特徴です。だから、徹頭徹尾外気を無防備で吸わないため必ず、命を守るために、マスクをしなくてはならない。
映像で除染しているところが映されたが、作業員は完全防毒マスクをしていて、除染される住民はマスクもせず無防備だったことは、許されることではない。

2.ガイガーカウンターで、放射線のほこりのガンマー線だけを拾っても駄目なのはなぜか。それは、外部被曝では主としてガンマー線であるが、内部被曝はベータ線が主でガンマー線とアルファ線もあるので、被曝量は内部被曝の方がはるかに多く被害が深刻になるからだ。
(崩壊した原子によるベータ線 とウランによるアルファ線が含まれる。)

3.放射能の埃は多原子からなる微粒子を形成するもので、崩壊は、核分裂で生成した原子はベータ崩壊(ベータ線を出す)であり、燃料のウランはア ルファ崩壊が主である。
セシウムや沃素はモニターされる原子であって、放射能の埃の正体である放射性微粒子からは多種の原子からの放射線が出ている。
すなわち沃素だけプロテクトして済むものではない。放射能の埃:放射性微粒子は放射性原子が一個一個別々の状態ではないので内部被曝は余計に怖いものである。

4.ちなみに沃素-1は甲状腺に集中するので、非放射性の沃素であらかじめ甲状腺を飽和させておけば新たな放射性沃素は定着しないものであるが、 沃素だけのプロテクトを強調するのは誤りである。

5.内部被曝では長期間体内に保持される。この被曝量は無視するべきでない。矢ヶ崎 克馬の試算では百万分の1グラム程度の摂取量で1シーベルト程度の被爆になる。マイクロシーベルトどころの話ではない。
少量の吸入でも確率的に発がんに結びつくものであり、十万人当たり数十人のがん死亡者を 上昇させる。これは10年規模で判明する被曝被害であり、放射性の埃を吸引したことによるのが原因であるということは、患者からの解明では決して追跡できない。ごまかしが効く被曝形態であるが、数としては膨大な被害者群を形成する。

6.原子力発電は「内部被曝」による犠牲者を無視することによって、初めて成り立つ商売である。欧州放射線リスク委員会の放射線による犠牲者は戦後6500万人に上るという試算を留意すべきである。この中には原発による犠牲者が数百万人に及ぶと考えられる。

7.ちなみに日本の放射性科学陣は内部被曝について世界一鈍感であると言える。

8.住民の内部被曝を極力避けるような指示、方針を出すべきである。
 内部被曝とは、放射性の埃(放射性降下物)を飲み込んだり吸い込んだりして、身体の中に放射性原子が入ってしまい、身体の中で放射線が発射されて被曝することです。

 広島・長崎の原爆投下後、アメリカは核戦略の要として「核兵器を通常兵器と同じに見せる」ために内部被曝を隠ぺいしました。その方法は総合的で 科学的な装いを取り、戦後の被曝線量評価の体系を支配しました。隠ぺい方法は3種類の分野の「科学的」操作からなります。
(1)広島・長崎の被爆 現場の放射能による環境汚染を極端に過小評価しました(1986年線量評価システム:DS86) 。
(2)被爆者の被害から内部被曝の指標を消し去りました(原爆傷害調査委員会:ABCC、放射線影響研究所(方影研))。
(3)上記二つのデータをもと に国際放射線防護委員会(ICRP)の被曝線量評価体系から内部被曝を排除しました。それは同時に、この基準により上記二つの科学の名を語った操作を合理化し、放射線科学の現場から内部被曝を見えなくしたのです。困ったことは、このICRP基準はほとんど全世界の医療機関や原子力施設の線 量基準となってしまっていることです。

 欧州放射線リスク委員会(ECRR)の試算によれば、戦後6400万人もの人が内部被曝により命を落としています。これに対してICRPの基準 に従って試算すれば、犠牲者数は117万人。この差は、原爆、大気圏核実験、原発等の核施設から出る放射性埃による内部被曝です。

内部被曝の隠ぺいは、「放射線被害を隠すことによって」核抑止論を維持できる市民的認識を獲得するために必須でした。同時に、内部被曝を認めると 原発から漏れ出る放射性物質による犠牲者が多すぎて市民的コンセンサスが得られないことから、原発維持にも内部被曝の隠ぺいは必要でした。原発は 内部被曝を隠蔽してはじめて成り立ちうる商売なのです。安全神話を作った人々は一体いつまで内部被曝を隠ぺいし続けるのでしょう。

 チェルノブイリ原発事故があった時、全世界に放射性埃がまき散らされました。肥田舜太郎先生の各県別のセシウム降下量と乳がん死亡者の調査によれば、日本では北日本に放射性物質が降り注ぎ、北日本各県の乳がん死亡者の統計調査では各県ともに10年後に10万人当たり十数人の死亡者増加が ありました。これを北日本の婦人の人口に当てはめて死亡者の人数を計算すると、2000人(以上)の乳がん死亡者増加となります。これを全てのがんに敷衍すればいったいどれほどの人が命を失ったことでしょう。

 アメリカでも追跡調査がなされてチェルノブイリの埃がアメリカに広く降り注いだ事がモニターされています。感染症でストレスを持っている人に対しては、放射性降下物は即効的に免疫力を低下させ、命を奪います。例えば、エイズの患者さんでは1986年の5月の死亡者は前年5月に死亡した数の 2倍を記録しています。
健常なグループでは年齢別の統計で、若いほど感受性が高く、25才―34才の年齢層は前年同月の20%増の死亡者を記録し ています。

 福島原発の場合は放射性降下物が今後どれほどになるか分からない不気味な状況ですが、チェルノブイリ事故同様な被害がありうることを日本人は覚悟しなければなりません。
テレビを見ていると、「専門家」の「直ちに人体に影響を与えることはない」という類の弁が続いています。

 原子力関係の学者が、判で押したように「安全」を連発しています。NHKの アナウンサーが少々興奮気味になる場面すらありました。おそらく、原子力に関しては、安全面の研究には予算が付かず、利用面だけ多額の予算がつぎ込まれた結果、あのような偏った学者だけが生き残ったのでしょう。

 今後は、国民のための原子力学問 の発展が期待されます。とりあえず、原子力に関しては、コントロールの方法が確立するまで、踏みとどまる必要がありそうです。「試してみよう」では、原子力はあまりにもリスクが大きすぎます。政府や「専門家」は、まやかしの安全発言を続けるのではなく、住民の健康管理に責任ある 態度を示すべきです。


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― posted by 大岩稔幸 at 10:47 pm

入試問題投稿

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 くむべき本質的な教訓は、ほかにあるのではないか。4大学の入試問題をウェブに投稿していた事件は、19歳の予備校生逮捕に発展した。

 日進月歩の通信技術を利用した「前代未聞の事件」という評価はその通りだ。入試制度への信頼を損ない受験生や保護者の不安をかきたてたことも確かだ。それゆえ、不正への怒りをたぎらせる人が少なくなかったのだろう。

 それらが相まって、容疑者を大罪人のように捜し出そうとする空気が生まれ、監視の強化や情報教育の徹底という結論を導いている。だが、そこで思考停止してしまっては、事件から受けるべき多くの示唆を見逃す結果になるのではないか。

 受験生の彼に見えた現実はなんだったのか。出発点はそこだ。情報がまだ少ないが、それでも現段階で言えることは、彼がこういう騒ぎになることを、期待も予測もしていなかっただろうということだ。

 不正の認識はあったとしても、入試業務を妨害するという意図は存在しなかっただろう。ましてや「偽計業務妨害」などという罪名など、きっと知りもしなかったであろう。そういう主観的な思いに比して、いきなり刑事事件にすることを望んだ大学と、彼を逮捕した警察、そして世間の狂騒はあまりにもバランスを失している。

 「カンニングは誰でもする」とか「小さな悪にすぎない」と言い張るつもりはないが、多くの人がその誘惑にかられた経験があり、その中の少なくない人が、実際に隣の答案を盗み見たことがあるはずだ。

 ある場合は、ばれて叱責(しっせき)され、重ければ処分され、深く悔悟する。ある場合には、うまくやりおおせて何のおとがめも受けない。それがこれまでだった。甘いという批判も可能だが、未来ある子どもたちへの教育的配慮が働いていたともいえる。

 新しい通信手段に目を奪われすぎてはならない。問題の核心の一つが、彼の主観的意図と社会の反応のギャップにあるとすれば、問われるのは社会の変容ぶりである。

 ここでは大学についてだけ述べる。問題流出が発覚したとき、大学は不正行為者に向かい、名乗り出るよう呼び掛けることもできたはずだ。自らの監視体制の不備も一因になったかもしれないのだ。そして仮にも、あまたある大学の中から、自校を選び、志望校としてくれた受験生なのだ。

 彼が申し出るならば、時間をかけて事情を聴けばいい。そうすれば、入試体制のほころびを知り、そうまでして合格したかった受験生の内実に触れることもできただろう。

 薬物事件などを起こした学生に、近年の大学は極めて厳しい。ほとんどを退学処分にしている。

 教育機関である大学は、学生や受験生の不正や犯罪に無関係ではあり得ない。その反省に立って、若者に生き直しの機会を広く保障する使命もあるはずだ。


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   共同通信編集委員
      佐々木 央

2011.03.06(日)
高知新聞朝刊

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― posted by 大岩稔幸 at 08:48 pm

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