タブーはこうして作られる

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三春滝桜(みはるたきざくら)は、福島県田村郡三春町大字滝字桜久保(地図)に所在する、樹齢推定1000年超のベニシダレザクラ(紅枝垂桜)の巨木。国の天然記念物。三春の滝桜、また単に滝桜とも呼ばれる。

 どんな国にも触れてはならない話題はある。これを禁忌と呼んだり、タブーと呼んだりする。

 タブーはポリネシア語で聖なるものを意味するtabooに語源があると言われ、本来は触れてはならない聖なるものや、その裏返しの触れてはならない穢れたもののことを指すものとされている。

 だから、本来タブーにはタブーたる由縁がある。しかし、日本の場合は本来の定義に当てはまるタブーは必ずしも多いわけではない。むしろ、もっと単純な、そしてやや恥ずかしい理由で、多くのタブーが生み出されているようだ。

 「タブーに挑戦する」をスローガンに数々のタブーに挑戦してきた雑誌『噂の真相』の副編集長として、文字通り数々のタブーに挑戦し、実際に右翼団体の襲撃も経験した川端幹人氏は、日本のタブーには暴力、権力、経済の3つのパターンがあり、これにメディアが屈した時にタブーが生まれていると言う。

 3・11以前は、原発がそんな日本的タブーの典型だった。川端氏は原発は先にあげた3つの類型の中では究極の経済的タブーだったと言う。地域独占を背景に電力会社が持つ絶大な経済力は、メディアもスポンサーも丸ごと飲み込んでいた。しかも、原発には年間1千億円を超える巨大な広告費などの絶大な経済力に加え、国策やエネルギー安全保障や核オプションといった、実態の見えない後ろ盾に支えられていると受け止められている面があり、電力会社側もメディアへの圧力にこれを最大限に利用した。結果として、原発を含む電力会社を批判することは、広告をベースに運営されるメディアにとっては、自殺行為以外の何物でもなかったと川端氏は言う。

 実際、東京電力がスポンサーをしていたテレビ番組を見ると、日テレ系「ズームイン!!SUPER」、「情報ライブ ミヤネ屋」、「news every.」「真相報道バンキシャ!」、TBS系「報道特集&ニュース」、「NEWS23クロス」、「みのもんたの朝ズバッ!」、フジ系「めざましテレビ」、テレ朝系「報道ステーション」、など、その手の問題を扱う可能性のある番組に集中していることがわかるが、それもこれも、1974年以降、電気事業連合会(電事連)の中に設けられた原子力広報専門委員会で練られたメディア戦略に基づいたメディア懐柔策だった。

 その他、電力会社のメディア操縦は、マスコミ関係者に投網をかけるように豪華接待攻勢をかけていたほか、マスコミ関係者の天下りの斡旋まで手を広げていたと川端氏は言う。

 また、電力会社は経済力の延長で、天下りなどを通じて政界、経済産業省、検察、警察との太いパイプも持ち、これもまたメディアに対する睨みを効かせていた。

 要するに原発タブーというのは、本来的な意味でのタブーでも何でもなく、単にメディア関係者が電力マネーによって根こそぎ買収され、それでも言うことを聞かないメディアには、訴訟を含めた強面の圧力をも持ってして押さえ込んだ結果に他ならなかったと、川端氏は言う。

 最近では経済タブーの筆頭にあげられるものが、AKB48に関連した不都合な情報だと言う川端氏は、こうした経済タブーの他にも、ある種の伝統的なタブーに近いと思われているタブーも、その実態はもう少し残念な状態にあるとして、自らを含めたメディアの姿勢を批判する。例えば、皇室や天皇制に関するテーマは多くの場合タブーとして扱われる場合が多い。

 これは一見、タブーの定義である「触れてはならない聖なるもの」かと思われがちだが、さにあらずと川端氏はこれも一蹴する。日本でメディアが皇室や天皇制を批判することを控える理由は、右翼の街宣攻撃や実際に危害を加えられることを恐れた結果であって、現にメディア上では皇室をタブーとして扱っているメディア関係者の多くが、私的な場や打ち合わせの場では、平然と天皇制を批判したり、皇族を馬鹿にしたような台詞をはいていると、川端氏は指摘する。

 実際、歴史的な経緯を見ても、戦後GHQの占領下では右翼の圧力を気にする必要がなかったために、皇室を揶揄したり批判する本や論説が多く登場した。しかし、1961年に雑誌『中央公論』が掲載した小説を理由に同社の社長宅が右翼青年に襲われ、お手伝いの女性が刺殺される「風流夢譚事件」などをきっかけに、皇族や天皇制を批判したり揶揄したりしたメディアに対する右翼の攻撃が日常化したために、皇室ネタはメディア上ではタブーとして扱われるようになったと川端氏は言う。

 右翼に襲われて怪我をして以来、自分の筆が鈍っていることを感じ、結果的に噂の真相の継続を断念するに至ったという川端氏と、本来はタブーでも何でもないテーマが、広告圧力や暴力による脅威によって封殺されている日本のタブーの現状を議論した。



プロフィール
川端 幹人
かわばた みきと
(ジャーナリスト・『噂の真相』元副編集長)
1959年和歌山県生まれ。82年中央大学法学部卒。
83年雑誌『噂の真相』編集部、85年同誌副編集長、
2004年、同誌休刊にともないフリーに。
著書に『タブーの正体』、共著に『Rの総括』『事件の真相!』など。

― posted by 大岩稔幸 at 10:59 pm

烏合の衆

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熊野牛王符。(熊野速玉大社)

〈月落ち烏(からす)啼(な)いて霜天に満つ〉で始まる唐代の詩人張継の「楓橋(ふうきょう)夜泊」。この広く知られている漢詩をめぐって、かつて「カラスは夜半に鳴くのかどうか」が論争になったことがある。

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鳥類研究者によると、カラスは夜でも鳴くそうだ。特に夜半、単独で遅れてねぐらに戻ってきたカラスは、必ず鳴き声を発するという(「カラスの早起き、スズメの寝坊」)。「おーい帰ったぞ」か「遅くなってごめん」かは分からないが、帰還を知らせているのだろう。

とすると、ねぐらにいるカラスは鳴き声で相手が分かることになる。それを裏付けるような研究結果を慶応大のグループがまとめた。実験で、声と姿を結びつけて仲間を認識していることが明らかになったという。

いたずら好きで、計算力があり、高い学習能力で人間との知恵比べにやすやすと勝ってしまう。そんな賢いカラスのことだ。優れた視覚と聴覚を生かし、「他者」という概念をつくり出すことぐらいは朝飯前のようにも思える。

規律や統制がなく、ただ集まっている様子を表す「烏合(うごう)の衆」という言葉が登場するのは5世紀の中国の歴史書。ちゃんと識別して仲間が集まっているカラスにしてみれば、長い間つきまとった「ぬれぎぬ」ではある。

カラスは不本意でも、「烏合の衆」は死語になりそうにない。「勝手でしょ」とばかりに、統制が全くとれていない政党の姿を見せつけられる毎日。

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http://www.youtube.com/watch?gl=JP&v=zDl_0gOUejU Link
http://www.youtube.com/watch?v=kos7x2oNygA&feature=relmfu Link
http://www.youtube.com/watch?v=6YzkDRvYAzE&feature=relmfu Link

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高知新聞小社会
2012年04月08日07時56分

― posted by 大岩稔幸 at 10:34 pm

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