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人類学とセックス



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 2009年はダーウィン生誕200年だった。ダーウィンは1859年、『種の起源』を出版し、1871年には『人間の進化と性淘汰』を著した。その中で、「これから 私達はいくつかの例において、闘いで他のオスを打ち負かすよりも、メスを魅了する力の方が重要であると云う事をみる。これは未だかつて予想も出来なかった」と書いている。その後の資本主義、帝国主義の中では、『種の起源』は弱肉強食で表きれる自然淘汰のみ強調されてきたが、近年は性淘汰について見直されている。人類学をその目で見ると、面白い世界が開けてくる。ここでヒトと、類人猿のチンパンジーとゴリラを比較してみる。

 チンパンジーとゴリラとヒトの性は、婚姻パターンの違いで、それぞれ乱婚、ハーレム、一夫一婦性である。ヒトの性は、どちらかといえば生殖よりも快楽の方が主になっているが、元来、動物にとっては子孫を残す行為である。多くの動物でメスをめぐる争いは熾烈であり、しばしば死も伴う。

 その点では、チンパンジーの乱婚も優れたシステムであろう。発情期にあるメスは、排卵を示すシグナル(真っ赤になった性皮)をお尻に表し、それを見てエキサイトしたそのグループのオス全部と関係を結ぶ。1回の妊娠のために多くの異なるオスと500〜1.000回交尾をするともいわれ、オスたちは順番待ちをしてでも、それに及ぶとのことである。メスを独占しようとするからオス同士の争いが生じるので、それがなければグループ全体で仲良くできる。しかし、その中にも自分の子を残す競争はある。チンパンジーは乱婚社会といってもボスはいる。ボスの役割はグループ内の秩序を保つとともに、他グループに対して、縄張りの確保をすることである。権力を有するボスは、他のオスよりも、多くの子どもを残すのも事実である。

 男性性器の形態で言えば、チンパンジーの睾丸は体重比で大きく、精子を沢山つくることができる。オスのヒツジは一日に20〜40回の射精が可能というが、睾丸が大きいチンパンジーのオスも精力的で1時間に1回、5回しても貯蔵精液の半分は残るときれる。一方ヒトも体重比で睾丸が大きい方だが、一日、6回も射精すると貯蔵精液は枯渇してしまう。
 チンパンジーのペニスは細いが長い、しかも陰茎骨まで持つ。オスもメスも多くを相手にしなければならないので、性交時間は短い。しかし、より粘性が高い精液を、短時間に大量に奥まで確実に送れるオスが、自らの子孫を残す確率が高くなる。

 一方、ボスのゴリラはハーレムの主であり、グループ内に競争相手もいないので、睾丸もペニスも小さくてすむ。メスは発情のシグナルをわずかしか示さず、発情期のみしか性交はしないが、効率的に子どもをつくることができる。とは言っても、一日に2〜3回、1回の妊娠に対して20〜30回交尾するといわれる。ハーレム内でもときどき政権交代があり、新しいハーレムの主は前のボスの子どもを殺すことでメスの発情を促し、自分の子どもを残すメスは一生に一度は子殺しに遭遇するためか、次期ボス候補を含めた劣位のオスとの浮気も行う。これも子殺しを避ける保険であろう。

 18世紀初頭、888人の子どもをつくったモロッコの王様は例外中の例外として、ヒトは“原則的”に一夫一婦制である。個々のケースでは、乱婚型もハーレム型もありそうな感じではあるが・・・。

 ヒト以外の霊長類は性交後、何気ない様子で行動することから、オーガズムが無いという説もあったが(デズモンド・モリス;裸のサル)、今は否定的である。

 オスのオーガズムは射精に伴う反応で性的快楽をもたらし、繁殖行動を強めることになったという。これは納得できる説明である。メスのオーガズムについてもいくつかの説がある。女性のオーガズムは男性とは違った適応の結果という。一つはオスによる子殺しへの対応という説である。

 前述したように、ライオンやゴリラで見られるが、オスは一般に自分と交尾しなかったメスの子を殺し、その行為によってメスを発情させ、自分の子孫を残す。もし、性的快楽という確実な報酬、オーガズムがあれば、多くの交尾を求めるメスは、子殺しのオスからうまく逃れることができる。射精で終わってしまうオスとは違い、長い不応期がなく、何度も繰り返しオーガズムを得る能力のあるメスは、多くの子どもを残すことになる。また別の説では、パートナー選択の適応結果だという。男女間の性行為が、必ずしも女性にオーガズムをもたらすものでもない。しかし、自分に十分なサ−ビスと、性的な快楽をもたらしてくれる恋人はよきパートナーとなり、熱心な父親になるという訳である。

 チンパンジーもゴリラも、主に草食であり、授乳期が過ぎれば、生まれた子どもは自分で食料を見つけて食べる。その点、何でも食べるヒトは違う。ヒトの祖先はもともと樹上生活をするサルである。そのため一回の出産でだいたい子供は一人であり、育児に十分手をかけることができるが、そうでなければ育たない。その後、雨季と乾季のある熱帯サバンナで生活するようになったが、そこはライオンなどの捕食ものの危険が多く、食料確保も困難だったはずである。

 ここで草食から肉食もするようになったとされる。当初は他の肉食動物の食べ残しをあさることから始まるが、道具の使用で次第に自ら狩りができるようになった。また、植物の根など、繊維性の食料を摂っていたが、肉食や道具の使用、さらには火の使用による調理法の変化で、柔らかい食料が多くなった。それにより、頭部を締め付けていた咬筋に変化が生じて小さくなり、脳の発育を促した。

 複雑な生活を営むには、子どもには15年以上に及ぶ養育や教育が必要となり、子どもを自立させるには夫婦の強い絆も必要となった。それには、性が大きな役割を果たし、他の霊長類にない性行動を身につけることになった。性交のほかに、キス、ペッティングはもちろん、裸の皮膚は性感を高めるため体毛を失ったという。授乳器官の乳房も性器宮となり、対面性交することでお互いのコミュニケーションを深めることができる。ゴリラの眼球が黒いが、ヒトは白くなり、お互いに見つめ合うことで意思の疎通さえできるようになった。

 さらに興味深いのは、睾丸がチンパンジーより小さいけれども体重比では大きく、ペニスも大きく太い。それで女性を満足きせ、他の男性に走らないようにずる。メスに性のシグナルが明らかにあれば、オスはその受胎期だけ相手して、他の期間は他のメスに移ることもある。
 ヒトの先祖が発情期を隠すようになったことが、自分の子どもを得るためには、いつも性的関係を維持しなければならず、長期の関係(家庭)をもたらしたと考えられる。

 また、肉体的に劣るヒトが狩人として生活していくためには、オス同士の協力がなければ獲物は得られない。ボスがメスを独占すれば協力は得られないので、この点からもー夫一婦制は必然である。
ただ、ヒトの一夫一婦制にも「マイホームバパ説」と「たくさんのパパ説」という考えがある。前説では、男性が家族に愛情を持ち、食料を運ぶことで確実に子孫を残すことができたであろう。しかし、夫婦間の強い結びつきが必要だとしても、狩猟による事故や戦いや飢餓などは日常の事であり、子どもが成人するまでに父親が亡くなることも多かったはずである。後説では、一人の父親の子どもを持つより、複数のDNAを入れること、つまり父親の違うことで多様性に富んだ強い子どもをつくることができたとも考えられる。また、子どもの親は‘誰か’という、母だけが知る事実もあるため、心当たりのある男性は本当の父親ではないにしても、子どもの母親を援助することになる。そのためか女性の方からの浮気も多かったはずで、これもまた保険という意味合いがある。

 その例として、南米先住民、アチェ族の話がある。1974年、初めて文明人(?)に接した彼らの40%が免疫を持たないために、感染症で死亡したという不幸な歴史を持つ。男の間では、こん棒での戦争は細野捜索事や多くの未亡人が発生する。正式の結婚制度ではないが、2人以上のパートナーを持つ一夫多妻の社会ともいえる。しかし、父を持つ子どもは86%が育ち、父がない子は50%以下の生存である。このような社令では厳格を一夫一婦制は成立しないであろう。

 また離婚は結婚4年目が−番多いという、ある研究がある。その説明では、結婚1年目は相手に夢中であるが、やがて子どもが誕生する。授乳期には夫の協力がなければ生活ができない。しかし、歩き、話すことができる3歳になれば手がかからないようになり、母系社会では親族の誰かが面倒をみてくれるようになる。それまで頼りきっでいた夫だけでなく、他の男性にも目が向くようになり、結果として、環境の変化に強い子どもが得られる確率が高くなるという説明である。一生、同じペアを組む白鳥のような例もあるが、多くの鳥類は1年で子育てを終え、翌年には新たなべア形成をする。つまり、結婚は1年契約である。ヒトも4年契約みたいな遺伝子がヒトの中にあるのかもしれない。

 現代社会ではどうだろうか? 毎月、決まった額の御亭主だけからの給料だけでは生活が賄えない。そこで、ちょっと不倫をすることで、ボーナスを手に入れることができる。このような例は人類誕生までさかのぼって存在するように思える。

 1980年代、英国の婚外子は4%程度と推定されていた。

 現在でも子どもと父親のDNA不一致率が30%を超える部族もある。ある意味、もともと、私たちには不倫するDNAが組み込まれているのかもしれない。しかし、何と言っても、一夫一婦制の強い絆が、長い養育期間、家族に食事を与え、子どもを教育し、結果としてヒトをつくったのである。

 ちなみに、オスとメスが仲良く協力してヒナを育てるツバメでさえ、ペア外交尾の子どもの比率は26%にもなるそうである。

 チンパンジーの中でも、人間の音声言語を理解し、ヒトに次いで知的といわれるボノボチンパンジーは性をコミュケーションの手段にすることで暴力のない社会をつくっている。さまざまな体位でいろいろな相手ともセックスを楽しむ。このようなことを両性とも日に数十回も行うそうである。ヒトにおいても、性を間において夫婦が強く結び付き、子どもを育て、一方では不倫することで多様を子孫をつくる。どちらが原因でどちらが結果ともいえないが、婚姻の形態が変化し、性行動も変化してきた。

 いずれにせよ、ダーウィンのいう“自然淘汰”“性淘汰”の課程がホモサピエンスを誕生させた。全人類が自由に結婚できる現在、もうヒトには自然淘汰による進化はないのであろうか? DNAの変化の可能性について考えられるのはHIVがまん延している南部アフリカでHIVに強い遺伝子の出現。また逆に、文明の進んだ先進国ではヒトにとって不利な突然変異の遺伝子の蓄積が当然考えられる。

 一方、近年、遺伝子工学の進歩はめざましく、病気または不利な遺伝子治療は、受精卵の操作におよび、一歩進めば、許きれないデザインベビーの誕生を見るかもしれず、こうなると“進化”という問題ではなくなってしまう。











大塚薬報 2010/No.656

― posted by 大岩稔幸 at 01:08 am

「解禁してはいけない『混合診療』」

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 3月15日の日本経済新聞に「質が高くて効率的な医療・介護をぜひ」と題した社説が掲載されていました。医療の提供体制、高齢者の医療と介護、保険財政の改革などを提言するものでした。その中で、「高い医療技術を生かして医療・介護産業を育てる」という視点から、「保険診療と保険外診療の組み合わせ(混合診療)の原則解禁が欠かせない」と述べられていました。内閣府の規制改革会議でも、最重要課題のトップに「保険外併用療養(いわゆる「混合診療」)の在り方の見直し」が挙げられ
ています。

【混合診療を解禁するといいことづくめか?】

 現在の日本の保険診療では、保険診療と保険外診療(自由診療)を併用すること、つまり混合診療は原則として禁止されています。保険で認められていない保険外診療が診療内容に加わった場合には保険が適用されず、全額が患者の自己負担となります。

 例えば、「海外では普通に使用されているけれど、日本でまだ未承認の薬で治療してほしい」という場合には、1か月分3万円の薬代金を追加で自己負担すればよいというわけではなく、保険適用診療分も全額自費での治療になります。

 この場合、混合診療が認められていれば、診察検査代金7万円の自己負担(3割)分2万1000円+薬代3万円=5万1000円で済みます。ところが、混合診療が認められていない現状では、保険適用診療分も全額自己負担となりますので、診察検査代金7万円+薬代3万円=10万円になってしまうのです。

 このように、混合診療を認めれば、保険外治療を望む患者の自己負担額は大幅に減ります。また、保険外治療分は国庫負担が生じないため、医療費の削減効果も見込まれます。こう考えると、利用者の多彩なニーズに応えることができて、なおかつ健康保険料からまかなう医療費負担も減るのであれば、「さっさと解禁して、余裕のある人は医療費を多く支払って望む治療を受けられるようにすれば良いじゃないか」と思うことでしょう。

 でも、混合診療解禁問題は、そんなうまい話では決してないのです。

【自由診療サービスが病院の収入源に】

 もしも混合診療が解禁されると、病院でどのようなことが起きるでしょうか。

「症状はないけれど腫瘍マーカーをチェックしてください」とか、「胃や大腸の内視鏡検査は静脈麻酔を使用して、痛みなくやってください」などといった患者の要望は、現状の保険診療ではカバーされていません。もしも混合診療が解禁されると、患者は追加料金を支払うことでこれらの要望を受け入れてもらえるようになります。

 一方、病院の側にしてみると、現状ではほとんどの病院が低い医療保険点数のため赤字に苦しんでいますので、保険診療以外に数万円の追加収入が得られる自由診療サービスはどんどん提供したいところです。混合診療が解禁されれば、多くの医療機関が上記のみならず患者の細かなニーズに応えた様々なサービスを打ち出して、収入アップを図ることでしょう。

 実際に、差額ベッド(追加料金が発生する個室などのこと)の比率制限が全病床の2割から5割に引き上げられた時には、大部分の病院が上限の5割まで差額ベットを増やして対応しました。病院にとって1日3万円の差額ベット代金は、売り上げの1割以上を占める貴重な収入源なのです。

【公的保険診療しか行わない病院は「完敗」する】

 ここまでの説明だと、「今まで国民皆保険だからという理由で十分なサービスを行なってこなかった医療機関が、必死にプラスアルファのサービスを行なうようになるのだから、良いことではないか」と思われるかもしれません。

 しかし、話はそれでは終わりません。

 数万円の追加収入が得られるサービスを次々と提供した病院は、その利益を再投資して最先端の医療機器をどんどん導入します。スタッフにも高待遇が提示できるため、優秀なスタッフが集まってきます。一方、追加自己負担金をなるべく生じさせないで、現在の医療費の枠内で頑張っている病院は、待遇を改善できずにスタッフを引き抜かれ、赤字のため医療機器も最新のものが揃えられず、設備がどんどん老朽化します。

「混合診療を導入しても、保険診療部分が維持される」と考えるのは幻想です。公的保険でカバーされる部分だけで治療を行なう病院は、混合診療を取り入れた病院に、数年のうちに完敗するでしょう。気がついた時には、健康保険適用外の自己負担金を支払わないと満足な医療が受けられないような状況になっているのです。

【医療における消費格差を生み出す】

 現在でも、「1日当たり3万円の差額ベッド代金がかかる部屋ならばすぐに入院できますが、差額なしの病室は現在空きがありません。入院は1か月先まで待っていただくことになります」という事態が頻発しています。

「追加分を自己負担すれば多様な医療サービスを受けられる」という状態を制度的に認めると、お金を支払うことができるお金持ちは良い治療を受けられることになります。一方で、お金のない人は必要な医療を受けられない、良い薬が手に入れられないという状態を作り出すことになるのです。

 誰でも病気になった時に、必要な医療を少ない負担で受けられる状態を維持するためには、医療単価をアップするしかありません。それがこれほどまでにスムーズに進まないのは、私には信じ難いことです。

 日本の総医療費は約30兆円で、パチンコ産業の売り上げとほぼ同じくらいだとよく言われます。ただし、そのうち国庫負担分は12兆円にしか過ぎないのです。混合診療は、「みんなに広く平等に」という現在の医療の方向性に、真っ向から相反するものです。支払い能力によって受けられる医療に格差がつく社会にして、本当にいいのでしょうか?









このコラムはThe hottest OPINION site in Japan JBpressよりの転載です。
 http://jbpress.ismedia.jp/category/medical Link    ( http://jbpress.ismedia.jp/ Link )

― posted by 大岩稔幸 at 10:28 pm

マスクとうがい

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 電車の車内に坐る女性の乗客3人はマスクをかけ、男性2人はかけていない。その一人は咳をして飛沫を撒き散らしている。左上に「『マスク』をかけぬと‥」とあり、体温計とベッドで臥している場面が描かれている。マスクは黒色の菱形をしている。下段には、縁先で母親と女の子がうがいをしている。お盆にうがい薬の瓶が置かれている。

 斜めの帯に、「汽車電車人の中では『マスク』せよ。外出の後は『ウガヒ』忘るな」と文語体で善かれ、右下に黒地に白抜きの文字で「『マスク』とうがひ」と大きく記されている。「うがひ」は「うがい」のこと。語源は鵜飼、鵜が魚を呑んで吐き出すことに由来するという。

 これは、今から90年前、大正7年から9年にかけて大流行したスペイン・インフルエンザ(通称スペイン風邪)の予防のため、内務省衛生局(今の厚生労働省)が作成して全国に配布したポスターの一枚である。

 美術作品とはいえないが、当時の庶民の風俗が的確に措かれており、医療史はもとより社会文化史の貴重な資料といえる。このほか、「病人は別の部屋に」「予防注射と日光消毒」などを標語としたポスターが8種ほど作成され、3万枚以上も配布された。

 スペイン・インフルエンザは世界史最大の疫病といわれ、第一次世界大戦に乗じて全世界に流行し、世界で死者4千万人、日本国内では死者50万人という大災害をもたらした。これは世界大戦や関東大震災の死者の4〜5倍にあたる。このインフルエンザはスペインに発生したわけではないが、世界大戦中でスペインから最初に報道された。いずれにしろ当時の人たちにとっては未知の「新型インフルエンザ」であった。忘れられたその歴史的事実については歴史人口学者・速水融(あきら)の大著『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書店)に詳しい。
  
 日本人の半数が罹患したというこのインフルエンザは、たとえば精神科医で歌人の斎藤茂吉は長崎医学専門学校教授をしていた大正9年長崎で罹患し、友人の島木赤彦あての手紙に「下熱後の衰弱と肺炎のあとがなかなか回復せず」と書いている。また福島県猪苗代町では大正7年11月10日 66歳の老女が犠牲になったが、彼女はアメリカにいた細菌学者・野口英世の母シカであった。

 なかでも新聞紙上をにぎわせて話題となったのは演劇界の寵児島村抱月で、大正7年11月5日肺炎を併発して死去した。そのとき抱月は弟子で愛人であった日本最初の女優松井須磨子と同棲中であり、はじめ須磨子が罹患したが、抱月に移り、死に至った。

 ところが、「カチューシャの唄」や「ゴンドラの唄」で一世を風靡した須磨子は、翌大正8年1月五日抱月のあとを追って縊死自殺をとげたのである。「女優松井須磨子自殺す」というニュースはセンセーショナルに報じられ、大正ロマンをかざる一大事件となった。

 ところで、こうした人間ドラマが不気味に進行しているさなかの大正7年12月27日早朝、雪の残る東京に、22歳の青年が母をともない、妹の看病のため、はるばる東北の花巻から上野に到着、小石川区雑司ケ谷町の旅館に止宿した。青年は早速妹を入院先の永楽病院(東大付属病院小石川分院)に見舞い、その様子を故郷の父親あての手紙に、次のようにつづった。

「拝啓 今朝無事着京敦し候。午後二時永楽病院にて面会仕り候処別段に顔色も悪からず言語等常の如く御座候。昨日は朝三十八度夜三十九度少々咽喉を害し侯様に見え候。……」

 こう書く22歳の青年は宮沢賢治。この年盛岡高等農林学校を卒業、家業を手伝っていた。父は政次郎44歳。花巻で質・古着商を営んでいた。母イチ41歳。そして妹とし子(トシ)19歳は目白の日本女子大学校3年生、積善寮に寄宿していた。

 賢治は母を先に帰し、以後一人で毎日とし子の病室に通い、体温の上下など容態を詳しく父親に手紙で、毎日かならず一通、ときには二通書き送る。それによると、発熱ははじめ心配した腸チフスによるものではなく、翌年1月4日の手紙にあるように、「割合に頑固なるインフルエンザ、及肺尖の浸潤によるものにて今後心配なる事は肺炎を併発せざるやに御座候」ということであった。

 インフルエンザは今も昔も学校など集団生活している人たちを真っ先に襲う。とし子のいた女子大でも学生の3人に1人がこのために欠席したという。とし子は資産家の娘であったので、名のある病院に入院し、主治医は名医といわれた二木謙三博士で、当時としては最高の治療を受けることができた。

 先の1月4日の手紙には、とし子が「伝染室」に入れられているとあり、「医員の注意は殆んど集中し居り候由決して御心配無之候」とある。

 このスペイン・インフルエンザの災害については、後になって統計などでその被害の大きさが知られたが、当時は報道といえば新聞しかない時代であったため、この新型インフルエンザの恐怖について人びとは意外に気づいていなかった。当時はまだコレラ・赤痢・腸チフス・痘瘡の四種伝染病が最大の恐怖の対象であった。

 宮沢賢治も妹が腸チフスでなかったことに安心し、このインフルエンザが前代未聞の死亡率の伝染病であるという認識はなかった。したがって、賢治の手紙には東京におけるインフルエンザ流行の世相を伝える文面はとくにないが、大正8年1月23日の手紙では、「近頃又感冒流行にて病院にも入院者大分増し申し候」とある。そして、先の1月4日の手紙に次のように書いている。

「尚私共は病院より帰る際は予防着をぬぎ、スプレーにて消毒を受け帰宿後塩剥(えんぼつ)にて咽喉を洗ひ候。勇々御心配被下間敷候。」


 「塩剥」とは塩素酸ナトリウムの俗称で、うがい薬として使われていた。病院の「伝染室」の出入りには専用の予防着をつけ、消毒していたことがわかる。

 また1月28日の手紙では、「当地は感冒流行の噂は聞き侯へども成程と思ふ様の事には未だ会はず候。但し往来には仁丹を少しつヾ噛み、帰宿後は咽
喉を潅ぎ」と書いている。賢治がマスクをしていたかはわからないが、うがいをしていたことがわかる。

 それにしても、科学者の一面をもつ宮沢賢治の父親あての45通の手紙は、おそらくスペイン・インフルエンザの症状について素人が記したもっとも精細な病歴(カルテ)であり、医療史の貴重な資料といえる。

 あの松井須磨子の自殺事件は賢治の滞京中であったが、手紙には記されていない。病室の妹の両便の始末までしていた賢治は世間的事件などに関心が及ばなかったのかもしれない。2月下旬とし子が退院すると、3月上旬とし子をともなって花巻に帰っていった。

 さて、今日でもインフルエンザといえばまず「マスクとうがい」である。

 90年前、宮沢賢治は東京の街角のどこかに貼られていたこのポスターを目にしていたのではないだろうか……。



スペイン・インフルエンザの予防ポスター
内務衛生局編『流行性感冒』大正11年より
       (速水融氏の厚意による)









Vita 2009/7・8・9
通巻 No.108

北里大学名誉教授
立川昭二
癒しの美術館 43

― posted by 大岩稔幸 at 09:45 pm

医療費削減政策への拘り

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『絶望の中の希望〜現場からの医療改革レポート』 上 昌広

   第28回 医療費削減政策を考える
第一回:正規雇用されない医師たち

 平成16年に導入された新臨床研修制度と、その見直し案(厚労省がパブリックコメント募集中)について、総合医導入が医療費削減と二人三脚で進められてきたことなど、その経緯や問題点について述べてきました。

2月25日
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1549.html Link

3月11日
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1561.html Link

3月25日
http://ryumurakami.jmm.co.jp/dynamic/report/report22_1575.html Link

今回は、厚労省が様々な医療政策を打ち出す中で、一貫して守ってきた医療費削減政策について考えてみましょう。この根源的な問題を解決しない限り、日本の医療に未来はないと言っても過言ではありません。

【 医療費削減による医療者の雇用数不足 】

 我が国の医療費は、OECD27カ国中20位(対GDP比8.1%)と低位にあります。医療費削減政策の結果、日本の病院の73%(うち自治体病院の91%)は赤字となっていますから、当然、人件費を削るため、職員の雇用数も抑えられてきました。全国公私病院連盟と日本病院会の2008年調査によれば、医業収支の赤字は100床当たり月約1261万円に上っています。

 病院で働く職種には、医師、看護師、薬剤師、放射線技師、臨床検査技師、衛生検査技師、栄養士、社会福祉士など、厚労省の統計に挙がっているだけでも約16種類あります。もちろん事務職員も必要です。実際、日本の病院で働く職員167万人のうち医師は10.7%に過ぎず看護師33.9%、看護業務補助者11.9%、事務職員9.2%となっています。

 昨年、政府は方針を転換し、医師養成数を増やすことになりましたが、コメディカルに関しては未解決です。実はコメディカルの置かれた状況は医師とは全くことなります。養成数は十分ですが、雇用数が足りないのです。

 例えば、看護師の国家試験合格者数は毎年約4.6万人であるのに対し、病院に勤務する看護師数は、ピークの25〜29才においても1才あたり2.7万人しかいません。また、病院に就職した新卒看護師のおよそ11人に1人が1年以内に退職(離職率9.3%)します。

 薬剤師の国家試験合格者数は毎年約8千人ですが、病院薬剤師はピークの30〜39才でも1才あたり約1,300人しかいません。厚労省の検討会で、薬剤師の卒業生にとって病院に入れるチャンスは大変難関と指摘されているように、病院の採用数が限定されているのです。他にも、看護業務補助者や事務職員等、資格のない職員も大勢必要です。

 これらすべての職種の病院従事者数を合計すると、100床あたり、日本は101人に対して、イギリス740人、アメリカ504人、イタリア307人、ドイツ204人です。同様に、100床あたり看護師数は、日本は34人ですが、イギリス200人、アメリカ141人、イタリア136人、ドイツ75人です(OECD Health Data 2007)。日米の同程度の規模の病院を見ても、日本の病院の人手不足は明らかです。

愛知県がんセンター(473床)とMD Anderson がんセンター(米国、456床)の100床あたり職員数は、それぞれ186人、3,125人と、実に17倍の違いがあります。

 これほど人手不足の状況にありながら、日本は世界最高水準の医療を提供しているのですから(WHO Health Report 2000ではっきりと述べられています)、医療現場から過重労働の悲鳴が上がるのは当然です。すなわち、現在の「医師不足」問題は、医師の問題だけでなく、医師以外のコメディカル雇用数の不足という問題なのです。

 病院の人手不足による労働負担はすべての職種にかかりますが、特に、無制限に働く状況に置かれた医師の勤務時間は長く、週平均70.3時間(厚労省データ)に上ります。一方、ヨーロッパ諸国の医師の勤務時間は、週平均約40〜50時間です(OECD Health Working Papers)。

 日本の医療現場では、医師以外の職種ではなんとか時間制や交代勤務制になっていますが、医師では交代勤務制が未だに実現されず、労働組合も存在せず、入院患者を受け持てば24時間365日働かざるを得ないため、結果として医師が最も安い労働力となっています。1時間当たり単価は、研修医を終えた大学病院の医員で1,449円、医学部教授で1,690円ですが、医学部以外の大学教授では4,566円という報告もあります。

 勤務時間だけならば、他にも長時間働く職業はあるかもしれません。しかし、患者の生命に直結する判断を分刻みに要求される医師が、ほとんど睡眠もとれない状態で働いていることは、患者の安全性にマイナス影響があると言わざるを得ません。24時間覚醒時にはアルコール血中濃度0.10%と同程度の注意力しかないことが、イギリスの科学誌Natureに報告されています(アングロサクソンの凄いところは、医療安全が問題になると基礎科学からも同調して研究成果がでてくることです)。これは、ビール大瓶2本飲酒後のほろ酔い〜酩酊初期にあたり、手の動きが活発になる、理性が失われる、脈が速くなるなどの状態で、運転すると交通事故の可能性は6〜7倍という状態です。

 産婦人科では平均月4〜6回の当直をしており、そのたびに徹夜で、翌日も通常勤務をしています。このような当直明けの医師たちは、ほろ酔い〜酩酊同然の状態で手術などの診療に当たっています。皆さんは、徹夜明けで36時間連続勤務している医師に、手術してほしいと思いますか?

【 医療費削減によって正規雇用されない医師たち 】

 大学医学部6年を卒業した医師のうち、正規職員(常勤職)ポストに就けるのは、わずか40%に過ぎません(厚労省調査)。それも卒後2年間の契約ですから、3年目には解雇され、どの病院に就職するか、常勤職につけるか否か、全く予測ができず、若い医師たちは不安にさらされています。これでは普通の人生設計などできず、将来の夢も持てないのも無理はありません。医師は、特に20〜30歳代のうちは、数か月から2〜3年で勤務先病院を転々とするので、退職金も年金も生涯賃金も考えられない状態にあります。

 その最たるものが、厚労省が決めた新臨床研修制度における、1ヶ月ずつ異なる診療科(又は異なる病院)を回る「スーパーローテート」と言えるかもしれません。当の厚労官僚が、財団を新設し、天下りを繰り返して、退職金や生涯賃金を増やしているのとは対照的です。

 例えば、私が勤務した経験がある国立がんセンター(厚労省直轄です)では、レジデントと呼ばれる20歳代終盤から30歳代の医師たちが主戦力として働いていました。しかし、彼らは非常勤で、ボーナスも身分保障もなく、1日6時間の日雇いです。1ヶ月分の給与は、20万円前後です。年末年始など休日の多い月は彼らの収入は減りますが、実際に正月も休みなく24時間病棟を支え、当直もこなしています。ちなみに、労働時間を6時間としているのは、それ以上にすると旧労働省サイドから常勤扱いを求められるからだそうです。

 さらに、国立がんセンターでは、雇用関係がないために身分も収入もない「研修生」と呼ばれる医師が働いています。彼らは無給です。

 前述のとおり医師の交代制は実現していないため、深夜の帰宅、深夜の呼び出しなど緊急対応もしなければなりませんし、病院からタクシー代など支給されませんので、必然的に病院から徒歩圏内に住まざるを得ません。そのため東京の一等地にある国立がんセンターで診療するということは、家賃の高い一等地に住むことを意味します。月収20万円あるいはゼロでは生活できませんから、休日・夜間は地方の病院へ行くなどして当直をこなし、生活費を稼がなければならなりません。こうして休みの全くない生活をしています。毎年のように、家族を養えないという理由で辞めていく医師がいます。

 このように、厚労省の長年にわたる医療費削減政策によって、医師の正規雇用ポストは制限されてきました。医師は、社会的身分も保障もないまま、自らの生活の心配をしながら、タダ働き同然で医療を支えるのが当然とされてきたのです。

【 医療費・教育費削減によって大学病院でも・・・ 】

 大学病院の医師たちの立場は、目を覆うものがあります。厚労省調査によると、全国の大学病院には、臨床系の教官又は教員22,304人に対し、それ以外の従事者、つまり正規雇用ポストについていない医師が、ほぼ同数の22,384人います。この正規雇用されない医師の割合を年齢階級別にみると、25〜29歳で93%、30〜34歳で76%、35〜39歳で37%となっています。さらに、大学病院と雇用関係がないにも関わらず診療に従事している医師は、文科省調査によると少なくとも5,744人います(ソネットエムスリーより)。

 臨床研修制度が導入された平成16年以前は、当たり前のように医師は「大学にたくさんいる」と考えられ、実際に日本のほとんどの病院は医師の供給源として大学を頼りにしてきました。ところが、「大学にたくさんいる」医師たちの多くは、常勤職に就けず、社会保障を得られない、あるいは、非常勤ポストさえない、身分のない医師たちなのです。

 医療費と同様に、対GDP比の教育費も、日本はOECD30カ国中26位と低位にあります。特に国立大学は、平成16年、新臨床研修制度導入と同時に独立行政法人となったときに文部省から負わされた借金が、1兆円を超えます。その後も毎年、運営費交付金は約15%ずつ減らされています。

 大学医学部の教員数は昭和31年以来、文部省(当時)の大学設置基準により「収容定員720人までの場合の専任教員数」140人と決められています。そして現在に至るまで、教員ポストは増えていないのです。このため、大学では非正規雇用の医師ばかりが増加しています。これで良い医師を育てることができるでしょうか?

 さらに、この4月から医学部入学定員が693人増えましたが、文部官僚が教員数や教育費を増やすことはなく、大学病院の現場から上がる悲鳴は、ますます大きくなりそうです。

【 医師不足対策には医療費増・教育費増・ドクターフィー導入が不可欠 】

 日本の大学医学部の教員数は、極めて少ないことが知られています。例えば、米国ハーバード医学校の常勤教員数は8,074人、医学生(4学年)は728人ですが、東大医学部の常勤教員数は235人、医学生(4学年)は435人です。医学生一人あたりの教員数は、ハーバードでは11.1人、東大では0.5人です。この教員の少なさは、既に述べてきたとおり、医療費・教育費の削減のために、人件費を削減してきた結果と言えるでしょう。

 米国では、なぜこんなに多くの医師が大学教員として働いているのでしょうか。実は、ほとんどの医師は開業医です。開業医が、自分たちの診療所での診療と同時に、一般病院・大学病院での診療や教育を担っているのです。これは、一般病院・大学病院で働いた分の報酬が、きちんと開業医にも支払われるから実現可能なことです。

 ところが日本の医療費は、ドクターフィーとホスピタルフィーが分離されておらず、ホスピタルフィーのみで構成されています。厚労省が定めている診療報酬の現行制度では、医療費はすべて医療機関に対して支払われます。医療機関から、医師を含むすべての職員の給与や必要な医薬品・物品購入、機器メンテナンス等の経費が支払われるのです。こうして、開業して病院との雇用関係がなくなった医師たちには、もし病院で働いたとしても報酬を支払わない、つまり、開業医には病院での診療や教育は担わせないというのが、厚労省の方針と言えます。

 ちなみに、現場からの意見を反映して、舛添厚生労働大臣の主導で行われた「「安心と希望の医療確保ビジョン」具体化に関する検討会」の報告書(平成20年9月)や「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」の報告書(平成21年3月)には、ドクターフィーについて明記されています。しかし、厚労官僚は依然としてドクターフィーの準備を始めたという発表はありません。

 先般、医学部入学定員を693人増やすことが決まりましたが、焼け石に水といわざるを得ません。厚労省がドクターフィーの導入を拒み続け、9.5万人の開業医を病院から切り離している限り、病院の医師不足が解消されることはありません。現在、問題となっている「医師不足」は、開業医の不足というより、主に病院の医師不足なのです。

 厚労省は新たに、病院と診療所の連携や、病院の夜間救急を開業医に手伝わせるなどの施策を進めようとしていますが、開業医にタダ同然で病院に働きに来させるという発想からして、絵に描いた餅に終わるでしょう。

【 診療報酬引き下げによる雇用削減 】

 医療機関にとって唯一の収入源である医療費は、厚労省が値段(診療報酬点数)を決め、33兆円の配分を決めています(この意味で医療は完全な「戦時下統制経済」です)。

 この医療の値段をほぼ2年に1度削減することによって、医療費削減政策が貫かれてきました。2002年の改定では、マイナス2.7%という大幅な削減が行われ、結果、全国の病院で2.7万人の雇用削減となりました。問題なのは、事務職員や看護業務補助者など資格を持たない職員の雇用が4.8万人減少し(看護師などの雇用数を増やしたためネットでは2.7万人の減少です)、その後も減少の一途をたどっていることです。資格を持たない職員が減少すれば、資格がなくてもできる業務を残された医師や看護師が担うことになるのは当然です。

 これに対し2007年12月28日、厚労省は「医師及び医療関係職と事務職員等との間等での役割分担の推進について」という医政局長通知で、「病院に勤務する若年・中堅層の医師を中心に極めて厳しい勤務環境に置かれているが、その要因の一つとして、医師でなくても対応可能な業務までも医師が行っている現状がある」として、関係職種間で適切に役割分担を図るようにと通達しました。この通達を聞いた現場は、「分担したくてもできる人がいないから厳しい勤務環境になっているのに、一体誰に分担しろというのか」という諦めにも似た無気力感を持ちました。むしろ、厚労省の矛盾する方針の辻褄合わせのために、現場に不可能を要求しているのではないかとさえ思えてきます。

 この問題を解決するためには、医師に限らず、すべての病院職員の雇用を増やす必要があります。

【 医療費削減によって権限拡大する厚労官僚 】

 なぜ厚労省は、こうまで頑なに医療費削減政策にこだわるのでしょうか。

 昭和58年に保険局長だった吉村仁氏が「医療費亡国論」を発表した当時は、経済成長が頭打ちとなり、それまで10〜20%(最大36.2%)を維持してきた国民所得の対前年比が、昭和54年に6.1%、昭和57年に3.8%と落ち込んでいました。ですから、医療費の伸びも抑えなければならないと考えたのは、世界の潮流でしたし、妥当な判断でした。問題は、その後、医療の進歩による業務量増加や国民の価値観の変化、患者のニーズの変化など、時代は変わったにも関わらず、政府が医療費削減の方針を一貫して続けてきたことです。

 医療費を削減した結果、医療崩壊が進み、現場から悲鳴が上がれば、厚労省はその「対策」と称して補助金や基金を新たに設立します。医療費そのものである診療報酬点数は削減し続けたままです。このような方法を多用すれば、官僚が焼け太るだけで、医療現場は益々荒廃します。

 それは、患者を診療することの対価として得られる医療費(診療報酬)と違って、これらの補助金や基金からお金を受け取るためには、本来の患者の診療には不要なはずの書類作業や、細部にわたる厚労官僚の規制をすべてクリアしなければならないからです。時には、病棟とは「かくあるべし」という厚労官僚の机上の理想を押しつけられて、壁やドアをつくるなど、病院の改装工事までしなければならなかったケースまで聞かれます。患者の診療には不要であり、どんなにくだらないと思っても、医療費を削減されて赤字だらけの病院が生き残るためには、患者のニーズに従うのではなく、厚労省の指示に従わなければならないのです。

 これを厚労官僚の側から見ると、全く違った見え方になります。医療費を削減すればするほど、現場は何も文句を言わずに自分たちが決める制度に従ってくれるからです。こうして厚労官僚は、医療費を削減することによって、医療機関を支配する自らの権限を強化してきたとみなすことも可能です。

 例えば、新臨床研修制度が導入されたときも、この制度に伴う補助金を得るために、病院は黙って従うしかありませんでした。厚労省の方針が間違っていると現場の医師たちが考え、「こんなもの蹴ってしまえ」と言っても、経営陣の判断で、補助金を得るために厚労省に従ったのです。

 また、2009年4月1日、厚労省は「産科医療確保事業」という新たな補助金の通達を出しました。これは、「人手不足によって過重勤務を強いられている医師に、せめて時間外勤務手当を」という現場からの要望に応えて、舛添大臣が昨年から「医師に手当てを」という方針を貫いてきたのを受けたものでした。が、大臣の指示に対して、1年に及ぶ予算折衝の末に厚労官僚が示したものは、診療報酬という医療費本体ではなく、この補助金でした。

 しかも、この「産科医療確保事業」では、現場が要望してきた「時間外」の分娩に関わる「すべての診療科医師」への手当という方針を無視して、全く違うものになっています。「すべての分娩」の「産科医のみ」を対象とし(麻酔科医や小児科医は除く)、その代わりに、「分娩費用が50万円未満」の病院と決めたため、高度医療を担う多くの病院には還元されないことになりました(ソネットエムスリー「4/2号 医師個人への「分娩手当」は絵に描いた餅?」)。

 また、翌4月2日には、政府・与党が深刻な医師不足に対応するため、「地域医療再生計画」を策定し、1兆円規模の基金を創設すると報じられました(共同通信)。
これによって、現場にとってはいったい何が解決するのでしょうか? 現場が最も困窮しているのは人手不足ですが、果たして病院の雇用人数は増えるでしょうか? 何も具体的な議論はありません。「医療費削減政策を貫き、基金を新設して天下りポストを増やす」という、官僚が描いた絵に与党が従った政策であるかように見えます。

 これまで厚労省が貫いてきた理屈は、「給与は雇用関係にある医療機関が払うべきものであり、国が払うべきではない」といったものでした。それがために、これまでの補助金による政策では病院の雇用は増えなかったのです。厚労官僚は、基金であっても同じ理屈を繰り返すことでしょう。

 最後に、去る2月3日、厚労省の「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」で、現場の医師たちから、渡辺厚生労働副大臣が集中砲火を浴びた場面を少しご紹介します。診療報酬(医療費本体)を削減され、補助金ができても人件費に「使えない」ため、現場がいかに困窮しているか、おわかりいただけるでしょう。

●医師ら:「我々の唯一の血と肉である診療報酬が段々とこうなってしまったから、救急もすっかり疲弊している」「(補助金についても)結局は国が何分の1か出して、残りは都道府県と事業主が負担するという形では、お医者さんのフィーなんて絵に描いたモチだ。」「もう一度確認する。人件費は柔軟に使えるのか。」「使えるようにしていただきたい。往々にして現在の医師に対するインセンティブでなく、他の人を雇いなさいという指示が来る。しかも雇うような医師がいればいいけどいない。」「ちょうど、衆議院議員がいる。これでお金回るとお思いですか。事業者で手当てなんて払えないのがいっぱいいる。だから皆疲弊している」

●渡辺副大臣:「医師がいなければ雇えないというのと類似のもので、来てくれる人がいなければ、この予算も使いようはないのかもしれないが」「無理してでもやるという所を支援しようということ」

●医師ら:「どこも心はある。でも出す金がない。そういうのが分かったうえでの、この予算を読むと、なんだ嘘じゃんとなる」「現場のどこから金を持ってくるのか、みんな赤字なのに。実現可能性がない。こういう制度をずっと国家がやってきた。国の仕組みがおかしいんではないのか。社会保障が大切だというのなら、国がしっかりやりなさい。大臣も現場から声をあげてくれということで、この委員会をやっているのだから、そこを提言したらよいではないか」

●渡辺副大臣:「提言の方は大臣がやっていたので中身まで承知してないが、先生のおっしゃったことは非常に重要だと思う。ただ財政的に厳しい中で、少しでも、一歩でも踏み出して何とかしようということで、今までより踏み込んだ形で、もしやっていただけるなら直接助成するということにした。何とか県の方にも協力を求めていきたいし、それをやっても改善しないのなら改めて別の方策を探りたい」

●医師ら:「財政が厳しいという前提が崩れないなら、この話はできない。これからの日本をどういう国にするつもりなのか。財源をつくるのが政治家の仕事ではないのか」

●渡辺副大臣:「今回は厚労省も何とか工面した」

●医師ら:「それでいこうと言えないのか。何のために議員をやっているのか」「外口局長は法律に従わないといけないんだから、本当にそういう法律があるのか知らないけれど、ルールなら仕方ない。しかし政治家の仕事は法律を作ることのはず。先生方ならできるはずではないか」

 医療問題が政治テーマとなって、既に3〜4年経ちました。しかし依然として、病院の雇用者数を増やすという希望は見えてきてはいません。





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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
Home Page:( http://expres.umin.jp/ Link )
帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
http://plaza.umin.ac.jp/~expres/mission/genba.html Link
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
http://perinate.umin.jp/ Link
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JMM [Japan Mail Media]                No.526 Wednesday Edition
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【発行】  有限会社 村上龍事務所
【編集】  村上龍
【発行部数】128,653部
【WEB】  http://ryumurakami.jmm.co.jp/ Link

― posted by 大岩稔幸 at 12:15 am

新型インフルエンザ対策について

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 新型インフルエンザの感染が広がっている。各国で報告されているように病原性は低いようだが、国内ではパニックに近い状況になりつつある。落ち着いて現状を評価し、次の手を打つべきだ。

 政府の対策は、高病原性鳥インフルエンザの人への蔓延という最悪のシナリオを前提にして作られた。東南アジアで鳥インフルエンザがまん延していることを考えれば、そのこと自体は間違っていなかったと思う。

 ただ可能であれば、感染の広がりだけでなく、病原性のレベルに応じた複数の対策を作っておけばよかった。

 歴史を振り返ると、インフルエンザの世界的流行(パンデミック)には、非常に被害が大きかった「スペイン風邪」もあれば、それよりも被害の少ない「アジア風邪」や「香港風邪」もあった。

 一方、致死率が60%を超える現在の鳥インフルエンザのような病原性の極めて高いインフルエンザがパンデミックを起こしたことは、少なくとも20世紀にはなかった。

 そうした事実を踏まえ、感染の広がりに加え、重症度がこの程度ならこういう対応を取るという、複数段階のレベル別の対応指針を作っておくべきだった。

 きめ細かな道筋が決まっていたならば、最悪のシナリオと現実とのギャップに苦しむこともなく、混乱を招くことはなかったと思う。欧米で混乱が起きていないのはそういう柔軟な対応ができているからではないか。

 一部の医療機関で診療拒否が起こったのは、最悪のシナリオだけが示されていたために、見えないものに対する恐怖が先行してしまった側面があるように思う。

 今後は対策を修正して、現実に見合った対応をしていかなければならない。それには、このウイルスの特性、病気の状態をきちんと解析しなければならない。

 入院した人がどのような経過で改善したのか。あるいは重症の人はなぜそうなったのか。臨床の専門家が現実の患者のデータを解析して、このインフルエンザのリスクを評価する必要がある。

 それに基づいて現実の対応を考えなければならない。もちろん個人がマスクや手洗いなどで感染を防御するという基本はどのシナリオでも同じだ。だが行動制限など社会の危機管理は変わる。

 リスクを評価し、病原性が低いと分かったら、それに応じて医療態勢を決めなければならない。その際、感染が広がっているのに、熱の出た人は全員、発熱外来に行くことにすると、パンクしてしまう。

 病原性が低いなら、軽症の人は一般の開業医に診てもらうことも可能になる。その態勢を保ちつつ、重症化する人をターゲットにした対応に持って行かねばならない。

 そのためにはすべての医療機関の参加が必要だ。大病院の一部は重症の人を引き受ける。インフルエンザ以外の重症患者を診る病院もなければならない。開業医は自分の患者を守りながら、発熱外来を支援する。そんな態勢が求められる。

 仙台市では百を超える医療機関が参加し、全国に先駆けて、発熱外来をみんなで分担していく動きが出ている。冷静な判断であり、それが医療従事者の務めだと思う。

 秋には病原性の高いインフルエンザに変わるかもしれない。おびえるのではなく、どの程度のリスクかを確実に把握し、社会で共有しないといけない。さもないと、再び訳も分からないまま右往左往することになる。










東北大教授 賀来満夫
 かく・みつお 53年大分県生まれ。専門は感染症学・感染制御学。99年から現職。厚生労働省院内感染対策中央会議メンバー、世界保健機関(WH0)新型肺炎(SARS)インフルエンザ対応外部専門家を兼務。

レベル別の指針必要
  リスク把握し混乱防げ

2009年5月20日
高知新聞 夕刊

― posted by 大岩稔幸 at 11:53 pm

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