チャングムの処方箋

daejanggum

日本で大人気の韓国ドラマ『大長今』(邦題『宮廷女官チャングムの誓い』)は、中国本土をはじめ、香港・台湾・ マレーシアなどでも放映され、韓流はアジア全域を巻き込んだ社会現象にまで発展している。

チャングムとは、朝鮮正史にも登場する実在の人物で16世紀の朝鮮、第11代 皇帝・中宗の主治医として活躍した女傑である。

東洋の伝統医学史をひもといても、女医として名を残しているのは、中国の洪夫人、そして、このチャングムくらいである。

中国語で流行していることを「紅(hong)」というが、歴代医家の中でも紅一点のチャングムをとりあげ、その根底に流れる伝統医学のこころを味わっていきたい。

水をめぐるエピソード
ドラマの中で、宮廷女官・医女時代の全編を通じて繰り返し登場するのが、今回のテーマである水だ。

ハン尚宮が、最高尚宮の座をめぐってチェ尚宮と競い合った際、八卦湯(スッポンと冬虫夏草のスープ)をつくるため、チャングムと連生に地漿水を用意させるシーンがある。

『本草綱目』では、「地漿水には、一切の魚・肉・野菜・果物・キノコ類の毒を中和させる作用がある」と記され、料理の際に これを用いると中毒を防ぐことができる。また、この地漿水は医女の張徳が患者の病巣部を洗う際にも用いられている。

ほかにも、塩気のある水しか口にできない済州島の民のために、奉天水(雨水を濾過したもの)を供給するシステムをつくろうとするチャンドクに対して、奉天水よりも惜雪水(12月の冬至頃に採取した雪が溶けて水になったもの)のほうがよいとチャングムが提案する場面もある。

塩分を多く含む水を飲み続けると、瘡や腫瘤が生じやすくなる。一方、惜雪水は、温疫予防の効能をもつほか、皮膚病変にも効果があるとされている。このように、水にまつわるエピソードが幾度となく挿間し、料理でも医学でも、水を重要視していることがうかがえる。

また、ハン尚宮が、チャングムに何度も水を持って来させる場面がある。チャングムは、水をあたためたり、器を変えたり、柳の葉を浮かべたりとさまざまな工夫をするが、何度持って行ってもやり直しを命じられてしまう。

結局、黄砂騒動の際、チャングムが亡くなった母のいいつけを守り、湯冷ましを使って食器や食材を洗っていたため、チャングムの部署だけ料理が腐らなかったのだということをハン尚宮が知り、いたく感心するという展開を迎える。

それがきっかけで、チャングムにもようやくハン尚宮の意図が読み取れるのである。なぜチャングムの母は、わざわざ毎日湯を沸かし、冷まして使っていたのか。

そして、ハン尚宮が水を持って来るよういいつけた真意は何であったのか。チャングムは思案の末、母が生前、たとえ水を出すにしても、まず相手に体調や嗜好などを尋ねていたことを思い出すのである。

水といえども、器に盛り付ければ立派な料理である。料理を出すときは、体質や好みを把握したうえで、相手の要望に応えなけ ればならない。料理とはすなわち、相手のために心を尽くすことだからだ。

けっして、作り手のひとりよがりや、自分の主義・主張の押し付けではなく、最初に相手ありきなのだということ。それは料理のみならず、漢方の基本でもあることをも示唆しているのではないかと思う。

『東医宝鑑』湯液篇にみられる水

韓国伝統医学の大著、許浚の『東医宝鑑』湯液篇には,水・土・穀類・草・禽類など16部に分けて薬物の特徴が記されている。

彼が水の効能を重視していたことは、「天は水を生む」とし、湯液篇の最初に水部を配していることからも明らかだ。

許浚はさらに冒頭で、「水は日常的に用いられるが、人はこれを軽視しがちである。人は天から生まれ、水穀によって養われている。人の形体の厚薄、年寿の長短も水土の違いからくるものだ」と述べ、雹や夏氷 を含む33種類に水を分類し、それぞれの性質・効能をあげている。

ドラマの中に登場する地漿水・奉天水・惜雪水もここに収載されている。また,『傷寒論』でも甘燗水・漿水・潦水・麻沸湯などは、特定の方剤を煎じる際の溶剤として指定されており、湯液には欠くことのできない要素となっている。

余談だかが、ドラマに出てくる方剤や治療法の出典は、この『東医宝鑑』である。しかし実際、許浚が『東医宝鑑』を編纂したのは、チャングムが活躍した時代よりも数十年後のことなので、チャングムが『東医宝鑑』を目にすることは、おそらくなかったはずである。

水と古代の湯液

ところで現代でも漢方薬のことを湯液というが、『黄帝内経・素問』湯液醪醴(ろうれい)篇から発展したものと考えられている。湯液も醪醴も五穀を原料として作られたもので、五穀を煮詰めたときにできる上澄みが湯液、さらにこれを煮詰めた上で発酵させたものが醪醴である。

さしずめ湯液は重湯で、醪醴は甘酒のようなものと考えたらよいであろう。

五穀とは、粳米・小豆・麦・大豆・黄黍(きびのこと)であるが、この中でも粳米は天の陽気と水の陰気を吸収し、気味は完全で、寒熱の偏りがなく、栄養も申し分ないので、湯液や醪醴の材料として最も適しているとされている。

湯液醪醴篇では、さらに以下のように続く。古代では、人々は「養生之道」を重視し、心身を調整することに長けていたので、ほとんど病気をすることもなく、湯液や醪醴を作り置くだけで服用することはなかった。

時代が下り、養生を心がける人が少なくなると、身体が虚弱になり、邪気の侵入を許して病気に罹りやすくなったが、湯液や醪醴を飲めばすぐに回復した。

ところが、現代では(といっても『黄帝内経』の書かれた時点での「現代」だが)養生の考え方が重視されなくなったので、疾病も複雑になり、漢方による「内治療」や石乏石(いしばり)、鍼灸による「外治療」も施さないと病気は治らなくなってしまったのである。

私たちは、ともすると生薬や方剤にだけ目を向けがちである。しかし、漢方の原型が、水をコアとしたシンプルなものであり、のちに人々の体力や体質、気候や社会構造の変化に呼応するように方剤として発展したものが現代の漢方薬と考えると、水の重要性をあらためて実感できるのではないだろうか。

医女 チャングムの処方箋
韓国ドラマ
本橋京子
伝統医学 Vol.9 No.1
2006.3

― posted by 大岩稔幸 at 11:50 pm commentComment [1]

この記事に対するコメント[1件]

1. プリアーニ — December 17, 2006 @19:48:39

 [にこっ/]今日のお話しを読んで「医食同源」という言葉を思い浮かべました。

 [アハハ/]現代に置き換えて「少食主義」。必要な分量を よく噛んでゆっくり時間をかけて頂き、必要以上に「もったいないような食べ方」をしない。私はその通りだと思うので、そのまねごとみたいなことをして もう20年くらい経ちます。

 [にこっ/]大阪弁か高知弁か知りませんが、食べたあと「ずつない」ようでは食べすぎです。「ずつなくない」程度に食べることは「腹八分目」。健康に、食べ物に、食べ物を作ってくれている人に感謝なのです。

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